FC2ブログ

6月3日で東大宮の書店が無くなる。

10年前、東大宮に引っ越してきたときは新刊書店が3店に古書店が1店あった。

新刊書店のうち1店は「砂町書房」という小さい店だったが、西口にあって、知り合いのエロ漫画屋が作ってるエロ雑誌やエロ本などもある、正しい書店だった。足の悪いおやじが、足をひきずりながら、重い本が入ったダンボール箱を運んでいた。ここが閉店したのは、いつだったか、まだ10年はたっていないと思う。

やはり西口で、ウチから駅へ行く途中に、大きなマンションの1階に80坪ほどありそうな大きな書店があった。よく前を通っていたのに店名を覚えてない。「パストラル」とか?、覚えにくいカタナカの名前だったような気がする。中が広い割には、入口は小さく閉鎖的空間で、いつも人気はないのに、若い店員が二人ぐらいいた。本はたくさんあるがタイクツな棚、これぞ「わび・さび」か、森閑とした中に、気持ち良いぐらいのやる気のなさが漂っていた。

おそらくその大きなマンションのオーナーの経営なのかもしれないと思っていた。書店の隣は保育園で、その隣は電気工事店の事務所だった。去年だったか一昨年だったか電気工事店は退去し、そこへ隣の保育園が拡張した。そして、去年のいつごろだったか書店が閉店し、そこもまた隣の保育園になった。つまり大きなマンションの一階全部が保育園になったのだ。

今年になっても残っていた、東口の古書店が春頃閉店した。店名は覚えてないが、ブックオフのようなロゴデザインで、チェーン店のようにも見えた。ものすごく丁寧な小太りのお兄さんが、いつも店番をしていた。文芸書、エンターテイメント、文庫本、コミック、エロ本、エロビデオ、一通りあった。おれは、ここによく立ち寄った、ときどき買いもした。突然、閉店した。

そして、西口、駅ビルの一階にあった、チェーン店の文教堂が6月3日に閉店するのだ。去年だったか、売り場の半分を文房具売り場にしたとき、もう持たないだろうと思っていたから、驚きはない。ここでは、ときどき、若い店員を本のことを知らないと説教したり怒鳴ったりする、かまってちゃん老人を見かけた。やつは、きっと寂しくなることだろう。

たまにフラッと本屋に立ち寄って、いまどきどんな本が売られているか棚を見て、買う気のない週刊誌や文芸書を立ち読みするというヒマツブシをしていたが、それができなくなる。というていどのことはあるが、ないと寂しい、困るというほどじゃない。そういう存在だったのだなあ。無くなって、あまり残念な気持はないが、ないと寂しい、困る、と思えるような新刊書店や古書店ができてほしいとは思っている。
スポンサーサイト



見沼田んぼ北限域、区界、砂町2丁目

DSCN0243.jpg

東大宮操車場をまたいで、見沼区の東大宮親水公園のところと北区の県立大宮工高のあたりをつなぐ跨線橋には名前があるのかないのか、橋の周辺には見つからない。人と自転車やバイクしか通行できない橋だから、名前などはどうでもよいのか。ここより下手にある陸橋には、「砂大橋」の名前もあり、クルマの通りも多い。

この跨線橋は、見沼田んぼの北限域と見沼区と北区の区界、それに東大宮あたりの昔の地名である「砂」が残る「砂町2丁目」が接しているところだ。

上の写真。おれが跨線橋の上から撮影している位置は北区になる。跨線橋に沿ってあるのが見沼代用水西縁で、用水の下を芝川が通っている。

用水と芝川は、ここで立体交差しているのだ。見沼代用水は、このように河川と立体交差し、その下をくぐったり上を通ったりしているところが、何か所もあるらしい。江戸の昔に、そのような工事を、コンクリートもないのにどうしたのか、どんな工事だったのか、調べてみたことがないから知らない。

とにかく、ここでは、用水の下の芝川が見沼区と北区の区界になっている。

そして、写真にある用水の水門の向こうが東大宮2丁目で、水門のこちらは砂町2丁目になるのだが、すぐに区界の芝川になるから、ここでは砂町2丁目は数メートルぐらいのものか。

下の写真、まだ桜が咲いているころ撮ったから芝川の左手に花が写っている。その並びと芝川の間が砂町2丁目だから、狭くて細長い。少し下ると栄東中高の校舎がある。このあたりが最も幅があり、そのまま同じような幅で宇都宮線とぶつかるところまで、砂町2丁目は細長く存在する。砂町2丁目は「見沼たんぼ」区域のはずだから、県の管理になっていて、学校のような公益的な施設しかできないのではないかと思われる。

もう一年以上になると思うが、芝川の浚渫でもやっているのか、工事が続いている。このあたりは低地だから、ほかにも治水対策の地下水路などもあって、工事が行われている。治水というのは、生活のために欠かせないものだが、なかなか目につきにくいものだ。

こうやって見ると面白いことに、「東大宮」という地名は見沼区だが、「東大宮操車場」は北区になる。そのことや、「砂町」は2丁目しか残っていないあたり、どんないきさつがあったのか、何か土地の因縁がありそうだ。

028_2019051718411425a.jpg

ほぼ同じ位置から跨線橋の上手を撮った。芝川の水門があり、ここから芝川は急速に川幅を狭め、写真左手の見えないところで芝川本流と支流にわかれる。

水門のむこうに見えるのは、東大宮3丁目の住宅街で、高い大きな建物は県営砂団地のうちの一棟だ。この住宅街の手前見える畑地は、「見沼たんぼ」区域なのかどうか、調べてないから確かなことはわからない。

江戸時代に農地として開発され始め、どういう変遷があったのか、かろうじて残る農的風景の一角、農村から都市化の近代を象徴する風景、といえるか。

032_20190517184113db1.jpg


入ってみたい。

DSCN0389.jpg

こんな酒場があったら入ってみたいのだが。
一朝一夕では出来上がらない佇まい。古いボロだと捨てるのはもったいない。