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鯉のぼり。

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めったに見なくなったなあ。

「絶滅危惧風景」といったところか。

おれが子供の頃は、黒い真鯉と赤い緋鯉の二種しかなかった。

子供の数だけのぼりにするということもあったような記憶がある。

大きさもいろいろあって、貧富の差や権力や権威の差などを象徴するような面もあった。

「子供の日」は続いているのに少子化の社会になった。

そりゃそうjと、植栽が見事だ。東大宮は、けっこう植栽が楽しい。

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「フィリピーナ」たちはどこへ。

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上の写真は、東大宮に引っ越してきた2008年10月の撮影。駅の下り線ホームの蓮田寄りから、すぐ目の前に見える建物だ。

一階の店は当時のまま「鉄砲屋」と「丸源」と「末広」だが、二階にあった「セブ」は無くなり、いまでは「がしみや」という居酒屋になっている。「がしみや」って、なんだろうと思っていたら、どこかの酒場で「ひがしおおみや」を若い人たちが縮めてよぶようになったのだと聞いた。

「セブ」は、フィリピン・パブの食材やホステスのフィリピーナが店で着る衣装などを扱っていた。店のウインドーに飾ってある衣装がホームから見えた。宇都宮線沿線のフィリピン・パブの関係者が、お客さんということだった。

ところが、この頃から、フィリピン・パブは一時の勢いを失い、店舗もフィリピーナも目に見えて減っていった。どうやら全国的現象だったらしい。

言葉のこともあったかも知れないが、台湾や香港のほうが稼ぎになるという経済の趨勢が影響している、と、フィリピン・パブ事情に詳しい知人から聞いたことがある。

とにかく、フィリピン・パブが減った影響もあってだろう、「セブ」は閉店した。

東大宮にもフィリピン・パブがあって、そのうちの一軒が、第二産業道路沿いの「ラウンジ 櫻」だ。下の写真は2009年の撮影。

この「櫻」でホステスをしていた女性が、「セブ」のレジもしていた。陽気な明るい人だった。

おれの知り合いの地元の女性が、好奇心からセブに入って、このホステスさんに「櫻にいらしゃい」といわれたから行ってみようヨと言うので、ある夜、二人で行ってドアを開けた。

ドアを開けると、店内から熱気があふれた。なかは思っていたより広かったが、満員で、うなっていた。黒い薄いドレスを着たママさんぽい女性がドア口まで来て、「ごめんなさい、席が一杯なの」てなことを言った。

おれたちは「〇〇ちゃんはいないの」と聞くと、「ああ〇〇ちゃんと知り合いなの、あの子は子供に会いに帰っているよ」と言った。ときどき子供に会いに帰るのだそうだ。

じゃあ、またこんど、ということで別れた。

そのままになってしまった。

そのうち「櫻」は閉店した。

「櫻」の隣は文房具店で、閑散としていたが、ときどき子供たちを見かけることがあった。風俗営業と学童相手の文具店が並んでいる光景は珍しいなあと思っていた。

1年半ほど前になるか、文房具店の方も閉店した。

以前は、ときどき街角でフィリピーナを見かけたが、いまでは、ほとんど見かけない。そして、違う国の人たちをよく見かけるようになった。

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東北原公園の白樺。

見沼小学校正門前の東北原公園は、大きく高くそびえる欅と桜がみごとだが、ここには珍しいことに白樺の木がある。

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10年前に引っ越してきたころは2本並んでいたのだが、2本がふっつきすぎだったのか、片方は成長が悪く切られてしまった。残ったほうは、いかにも自由を得た感じで、幹は太くなり枝を広げた。

白樺といえば高原にあって、とくに夏には清涼感が魅力だが、いまの時期、この東北原公園で、白い皮の枝に若葉をつけている白樺も、とても爽やかでフレッシュだ。

ジジイ化したわが身を忘れそうになる。

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春は桜だけじゃないね。

なんだか面白い。

どこにでもある、いまこの瞬間だけの風景。

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どこにでもある、直線と曲線。

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東大宮親水公園の桜開花が始まった。

今日の写真。

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ハクモクレンの白い花びらは老いが深まり、傷つき汚れが目立ち、白色の精彩は失われる一方だ。まるでジジイのおれを見るようだ。

一方、陽当たりのよいほうから、桜の花がほころび始めた。

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前のエントリーで書いた、スペクテイター43号「わび、さび」特集を読んでからというもの、どうってことのない景色の中にある「空っぽ」が気になるようになった。

親水公園の水路は、いまの季節は、まだ水が流れていない。いつから水を通すのか覚えていないが、五月の連休の頃には流れていたと思う。

とにかく、水路の「空っぽ」が気になり、その真ん中に下りて撮影してみた。十年間住んで、こんなことは始めてだ。

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だいたい空の水路を撮って何になる。いや、だから、「わびさび」ですよ。

スペクテイター43号「わび、さび」特集は、巻頭で「わび・さび――このたった四文字のことばの奥に広がる宇宙を巡る旅へと皆さんをお連れしたいと思います」「旅から戻る頃には月面旅行を終えた宇宙飛行士のように、これまで見てきた地球の景色がまるで違ってみえる。そんな不思議な気分が味わえるに違いありません」と述べているのだが、ほんとうに、その通りだ。

「わびさび」というと、地味な感じだが、「地味」と「わびさび」は違う。それに、小堀遠州が開祖の遠州流の茶道は、「綺麗わび」を謳っている。

桜が開けば、「綺麗わび」も感じられるかもしれない。

景色が違って見えるのは、楽しい。特筆すべき特徴や名物なんかなくても、楽しめるのだ。