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葉桜の親水公園でまどろむのもいい。

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空気が冷たい日が続いていたが、昨日は晴れてあたたかな陽気だった。食べ物と飲み物を買って東大宮親水公園へ行った。

八重桜もしだれ桜も、もう終わりだし、染井吉野は葉桜化している。それも悪くない。

藤棚の枝も葉をつけ始めた。けっこういろいろな葉や花が見られた。

酒を飲んでレジャーシートの上で寝転んでいたら、気持ちがよくてまどろむ。いまの季節ならではだ。

まだ水路は空だが、連休頃には水が流れるだろう。

そのあとは、どんどん暑くなって、その先は考えたくないほど暑くなるのだな。

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市議選と県議選

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今日は県議選と市議選の投票日だった。いつも選挙のたびに思うのだが、候補者ポスターと投票所の掲示を見ると、投票意欲が萎える。それでも、投票はするのだが、気分は沈んで帰って来る。

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掲示の仕方は何年たっても進化というものがない。別に投票を煽り立てることはないが、これで選挙のための「よりよい方法」が追求されているといえるのだろうか。じつに「お役所仕事」の典型を見せつけられているようで、おざなりの貧弱な掲示に、変わらぬことをヨシとする役所の巨大な壁を見ているようで、ボーゼンとせざるを得ない。

こうして歳月は過ぎてきたし、これからもそうなのだろう。はあ、選挙そのものが、むなしいことに思われてくる。

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東大宮駅で人身事故、土呂駅から歩いた。

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昨日、用があって南浦和へ行った。帰り、大宮で宇都宮線に乗り換え、土呂に着いて、出発というタイミングで運行がストップ。東大宮駅で人身事故との放送。しばらく動かないようなので歩いて帰ることにした。

西口に出て線路脇の道を東大宮方面へ。道なりに行くと、電車の中からしか見たことがない、東大宮自動車学校のところへ出た。その前は、見沼代用水西縁が流れている。背後は、宇都宮線から分岐してJR東大宮操車場に入る線路だ。

見沼代用水西縁の脇の道を歩く。片側は住宅が建ち並び、片側は芝川の河川敷というかイチオウ見沼たんぼである。そこに東大宮自動車学校やJR東大宮操車場などがある。見沼たんぼは、たしか、県が管理する緑地ということになっているから、公共性の高いことにしか利用できないのだろう。

自動車学校のコースは空っぽ一台のクルマも走っていなかった。

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耕作放棄された荒れ地という感じが広がる。空っぽ感のある風景が続く。

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クルマの通りが多い跨線橋がある。いまより少し若かったときは、よく遅くまで酒を飲んで終電が無くなると大宮からタクシーに乗り、この橋を渡ったものだ。渡り切ったところに栄東中高がある。

知らなかったが橋には名前が付いていた。本郷橋。この北区側の「本郷町」という地名をとったのだろう。

その橋を渡ってもよかったが、クルマの通りが多いから避け、見沼代用水西縁沿いをさらにすすむ。見沼田んぼ側に、栄東中高と同じ佐藤栄学園が経営するさとえ学園小学校があり、けっこう広い敷地だ。道に沿って桜が植えられている。

県立大宮工業高校の手前で、見沼代用水西縁は右へ向きを変える。それにそって跨線橋がある。クルマは通れない橋だ。名前がついているのだろうと思うが、わからない。よく調べてない。

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跨線橋から見える列車の風景は、鉄ちゃんじゃなくても、悪くない。なんだろう。ロマン? 旅に出たくなる。

鉄ちゃんなら、この車両を見ただけで、何やら記号をいうに違いない。

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うちに帰りついたら16時近かった。人身事故は午後3時14分ごろだったらしい。いい運動になった。毎日これぐらい歩くといいのだろうなあ。わかちゃいるけど、やる気が起きない。

人身事故は飛び込み自殺だったらしく、現場にいた人がツイッターなどに、電車の運転席のガラスが割れている画像をアップしていた。

「温温(ぬくぬく)」と「かぎろひ」。

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4月、桜は終わって少しすぎた、あたたかい散歩日和だった。いっちょう行ってみるかと、丸ケ崎の「温温」と「かぎろひ」まで歩いた。

東大宮駅東側へ出て、丸ケ崎方面へ行くバス通りには、いちおう通りの名前があるが覚えてない、とにかくその通りを北へ向かって、ずんずん歩く。

おお、あれに見えるは芝浦工大キャンパスか、おお、ワークマンがあるじゃないか、とかとか、のんびりきょろきょろしながら歩いた。

広い道路、東大宮バイパスをこえ、もう歩くのも嫌になったなあというころ、続いていた家並みがプッツリ切れ、田んぼが広がった。

バス通りから田んぼのなかの道へ入り、ちょっと行くと、「温温」と「かぎろひ」の看板があった。そこを曲がり、先に見える林のなかに、あるらしい。

10年前に引っ越した翌年、ふとしたことから地元の若い方と知り合った。砂の万灯祭に一緒に行ったり、居酒屋などを教えてもらったりしているあいだに、「温温」と「かぎろひ」の話が出てきた。「温温」はレストランで、「かぎろひ」は食品を扱うフェアトレードの店だという。話を聞いていると、どちらも、マクロビ系というのかな、エコロジーとか自然志向というのかな、「意識高い系」といわれたりする、そういう印象だった。

「温温」は、いまと同じ場所にあったが、「かぎろひ」は駅東側の5分とかからないところにあった。おれは、食べ物はなんでもいい意識低い系の雑な人間で、うまいものにこだわりはないがまるで関心がないわけじゃない。いちおう食がらみの仕事は長いし。

とにかく、駅から近かった「かぎろひ」は、たまーに利用するようになった。とくに、奈良の吉野のそーめんは、すっかり気に入って何度か買っていた。その「かぎろひ」が、家主の都合で立ち退かなくてはならなくなり「温温」がある場所へ移ったのだった。

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高い木々に囲まれて、「温温」と「かぎろひ」はあった。素朴なたたずまいだ。

「温温」は、昔のしっかりした木造を店舗にしている。民芸調の焼き物なども陳列され、静かで落ち着いた空間。窓越しに見える裏の林の緑が爽やかだ。

うーん、日ごろ猥雑な大衆食堂を好んでいるおれとしては、チョイと非日常的だが、逃げ出したいほど気取った空間ではない。ま、悪くないのだ。

それに、とにかく、うまいビールが飲めればごきげん。ってことで、小江戸ビールが何種類かあったうちから、あ~なんというか忘れた一つ選び、それと野菜カレーを頼んだ。

小江戸ビール、うまかった。野菜カレーも、米が五穀米のようなものだったかな身体によさそうな、うまかった。

道すがらも含め、こういう環境での飲食の満足は、都内では無理だろう。午後2時過ぎだったが、カップル何組か、おばさんたち何組か、静かに読書するこの空間が似合う女子一人、といったぐあいだった。

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満足して出て、向かいにある「かぎろひ」へ行った。見覚えのあるお店の方はいなかったが、吉野のそーめんがあったので買った。

帰り。同じ道を東大宮へもどるのつまらないからと、蓮田駅まで歩くことにした。このへんは、東大宮と蓮田の中間ぐらいだ。

バス通りにもどって蓮田方面へ向かうとすぐ、川があった。

さいたま市と蓮田市の境になる綾瀬川で、そばには白亜のラブホテルが建ち、その少し川下の対岸に、いま出てきたばかりの「温温」と「かぎろひ」がたたずむ林があった。悪くない風景に、さらに満足を深め、勢いよく蓮田駅へ向かったのだった。

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東大宮に引っ越して10年。

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10年前の10月、いまの東大宮の家に引っ越してきた。

その1か月前ほどの9月に、いわゆる「リーマンショック」があった。イヤな感じだった。

しかし、この10年間のうちに、東大宮には、どんどん住宅の戸建てやマンションが建った。

ウチから駅へ向かう通りの、すぐそばの駐車場には3戸が建ち、その向こうの駐車場にも3戸、そのまた向こうの駐車場にも3戸、その隣の畑だったところに4戸、その隣の大きな屋敷だったところには10戸、というぐあいに、駐車場や空き地や畑は、どんどん住宅になった。

若い家族が増えた、子供たちも増えた。「少子高齢化」がウソみたいだ。

と、こうなってみると、よく住みたい町として話題になる、たとえば吉祥寺のようなオシャレな買い物に便利とかではなく、年寄りから子供たちまでがいる町、日常の何気ない景色の中に、いつも子供たちがいる町ってのはいいなと思う。

おれがスーパーで買い物しての帰り、小学生たちとすれちがうと、「こんにちは~」と声をかけられる。おれも「こんにちは」とかえす。ああいいなあと思う。

引っ越してきたときから、人が住んでいるかどうかわからない、大きな欅に囲まれた屋敷があった。よく見ると林の中に、古い納屋のような建物と比較的新しい、いい材質に見える外壁の建物があった。だから、人が住んでいるのだろうと思っていたのだが、よくわからない。しだいに蔦が全体を覆い、これはもう誰も住んでいないんだなと思われた。門のあたりも荒れ放題になった。

このあたりでは、ここしかない、巨大な欅の林だ。見た目、樹齢100年以上の欅が数本はあった。上のほうには、カラスが巣をつくっていた。

そこが、この秋、更地になった。林もその中にあった建物も姿を消し、林の向こうにあった住宅が露わになった。それは、チョイと寂しいできごとだった。

ここにまた、家が建ち、新しい人たちが移ってくることだろう。

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