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県営大宮砂団地の好きな眺め。

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砂団地は、いつできたのか、ネットで検索すればわかると思うが、そのことには当面興味がない。

東大宮親水公園から、この団地の一角を見るのが好きだ。

なぜか、いい絵を見た気分で、ほっとするのだ。

それは、設計のおかげだと思う。

建物の並びがストレートではないし、建物と建物のあいだの道路や植栽に曲線がある。建物は四角い箱であるけれど、適当にズレや凹凸の組み合わせがあって、屋根も切妻風の傾斜が入っている。単調な直線は、わざと避けている感じがする。

その気の使い方が伝わってくる。「ひと」と「暮らし」と「住まい」というものに対する、あたたかい「考え」を感じる。

ストレートな直線だけでは、効率的で事務的な感じがまぬがれない。機械的で冷たい、というか、なんの感動もわかないだろう。

この角度から見ると、どんな人が設計したのか気になる。その人の豊かな人間性まで想像したくなる。そんな風景なのだ。

曇って寒かった昨日の撮影なので、画像は少し寒々しいが、実際は寒い日でも、あたたかい景色だ。

砂団地の建物は、いくつかの種類があって、おれが東大宮に引っ越してきてから、4階建てぐらいの古い棟のかなりが壊され、空き地になったり、高層の建物に替わった。

下の画像。親水公園とは反対側のコモディイイダの駐車場があるほうから眺めると、その様子がわかる。一番高い建物は、おれが引っ越してきたときにはすでにあったが、ほかの高層は新しい。右側の4階建ては、けっこう古く渋い。

空き地が広がったこともあるが、高層の建物は、味もそっけもない実務的なたたずまいをしている。この風景は、チョイと切ない。だから、ますます親水公園側からの眺めが好きになった。

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東大宮名所?尾山台団地。

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「団地ブーム」だとか。何をするのか、よく知らないが「団地団」とかいうのもあるようだ。団地めぐりの観光?もあるようだ。

「団地」という言葉は、計画された「一団の土地」「一団の地域」のことだそうで、住宅団地、工業団地、農業団地さまざまだが、ブームになっているのは住宅団地。それも、このような集合住宅の団地らしい。

東大宮と周辺は、団地で開けたといっても過言ではないだろう。団地がたくさんあるので、一つひとつ見て行きたいと思っている。

なかでも尾山台団地は、おれの古い記憶にもある。そのころは、「団地ブーム」といっても、いまの観るブームと違い、郊外における大型団地建設ブームの最初の頃だった。尾山台は、その先陣に含まれる。おれは、東京の西の方、70年に完成と同時に入居した町田市の藤の台団地に住んでいたので、埼玉については疎く、どのへんにあるかわからなかったが、千葉の花見川、埼玉の松原と尾山台などは、比較的早くできた大きな団地ということで、話題になっていた。

東大宮駅の開業が、1964(昭和39)年3月。尾山台団地の入居開始が、1967(昭和42)年。

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戸数1,760戸は、いまでは大きいほうではないが、それでもこの団地を見ていると、建物ができて町ができ、街ができるのだなと思う。

前にもリンクをはった1974年の航空写真。団地だけが、町のようであり、街のように見える。
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=CKT7415&courseno=C5&photono=21

道路にそって、南北に長い団地だから、東大宮駅に一番近いところは徒歩10数分ぐらい、一番離れたところは、さらに同じくらいになるか。とはいえ、尾山台団地は全面的に、上尾市になるのだな。

建物も植栽も年季が入っているせいか、自分が初めて入居した藤の台団地と同じような建物で懐かしいせいか、近頃の高層マンションと比べると、画一的なデザインのはずなのに、さほど無機的ではなく、わりと生活感のある味な風景に感じる。

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かつては、ショッピングセンターのある団地暮らしは憧れの的で、周辺の住人も、スーパーなどは、団地にしかない場合も多く、休日には家族ずれがクルマで押しかけ列をなすといったことが、珍しくなかった。

センターには、スーパーのほかに商店や保育園や医院などがセットだったから、生活の利便は悪くない。5階でもエレベーターがなかったりなど、不都合もあったが、棟と棟のあいだはゆったりしていたし、昨今の、公共までなんでもかんでもカネしだいとは違う、生活の理念があったといえるのではないか。と、考えたりするのだった。

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下の写真。尾山台団地の南の端の一部は見沼代用水西縁の際まである。田んぼと、おそらく田んぼを開発したらしい比較的新しい建売住宅が建つ。団地が開けることで町と街ができ、周辺の農地も、しだいに住宅になる。

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ここからは違う日の撮影。

尾山台団地の東側は宇都宮線で、北端は国道16号東大宮バイパスになる。宇都宮線と立体交差の東大宮バイパスの陸橋から南を見ると、宇都宮線沿いに住宅が切れ目なく続いている。この切れ目のない住宅の景色は、東大宮駅の南側の見沼たんぼで少し途切れるだけで、都内まで続いている。

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そして反対の、東大宮バイパスの北側の陸橋から蓮田方面を見ると、景色はガラリ変わる。ここで、都内から続く都市の連続が切れた感じになる。田畑が広がる農村的風景。なので、おれは、このあたりを「都鄙臨界地帯」と呼ぶことにしている。いや、蓮田は農村だ田舎だ、と言うつもりじゃありませんが。

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