空地と思ったのは神社だった。

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前から気になっていた空地があった。住居跡のようでもないし、雑草が生えているどころか、関東ローム層独特の赤土が露出し、降雨のためだろう、やや低い方へ向かって流れている。

先日たまたま古い土地の方と一緒になり、尋ねたら、「神社の土地」であると。

言われたとおり、よく見ると、奥の隅に「稲荷大神」と彫られた、石の板碑のようなものが立っていた。

お稲荷さんといえば、穀物や農業の神様だ。このあたりはかつては広大な農地だったようだから、こういう神社があっても不思議はない。

いったい、この地に、どんな信仰があったのか。

それにしても、時勢が変わったとはいえ、ミゴトな捨てられっぷりだ。

それに、どうしてこんなに赤土が露出してしまったのだろう。普通は放っておけば、手がつけられないほど雑草が生えるはずだ。草取り管理をしている人がいるのだろうか。雑草が生えていた方が、赤土が流れないでよいようにも思う。

一番よいのは、どこかに合祀してあげることか。

なんだか気になっている。

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砂の万灯祭。

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きのうは、朝から、何度か花火の音がしていた。八雲神社の万灯祭なのだ。

夕方、買い物がてら行って見ようかと思ったが、雷の音がしていたので、とりあえずマミーマートで買い物をし、やまだ農園の「やさいはんず」がやっていたからナスを買い、一度家にもどった。

雷は、こちらには来ないで、どこかへ行ったから、18時半すぎ、八雲神社へ行った。2009年の夏以来だ。

東大宮の祭りでは、このあたりが砂村と呼ばれていたらしい江戸後期から続く、最も古い祭りのようだ。一度「都市化」で途絶えていたが、復活したとのこと。もとは、万灯をかついで村内を練り歩いたらしいが、いまは境内に並べるだけになっている。

ま、でも、古い祭りが続いているって、よいことだと思う。なんというか地域のうるおいですね。この場所は、資本や企業が設えたのではなく、人びとによって支えられて続き、ひとが人として集まり過ごすのだから。人びとが積み上げてきた場所の歴史以外、なにもないのだ。そこが、消費の対象となった「公共」や、新しいイベントや祭りとちがう。

新しい家が建ち、新しい住民が増え、どう続いていくかはわからないが、見物が1人でも多ければ、続ける何かになるかと思い行って見る。だけど、とくに、何もなく、そもそも信心がないのがいけないのかも知れないが、ざっと見るだけ。とにかく、身近の小さな祭りを大事にすることは、自分の暮らしと土地とのつながりを確認するうえでも、大切だと思う。

八雲神社は境内が道路で分断されている。広いほうの境内に万灯が並び、狭いほうの観音堂の境内に大欅がある。樹齢数百年、八雲神社の神木ということだ。

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興味が引かれたのは、万灯が並ぶ境内の一角に、子どもたちが遊ぶ人工の小山があって、これは富士講の富士山のようなものだが、登り口の石塔に「御嶽大社」とある。富士信仰ではなく、御嶽信仰のものらしい。いったい木曽の御嶽か、奥多摩の御嶽か、気になった。このあいだ『オオカミの護符』を読んで、関東一円の御嶽山信仰とオオカミ信仰が関東の農業や生活と深い関係にあると知ったので、大いに気になる。

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ざっと見て、やることもないので、東口のちゃぶへ行った。2008年の秋引越してきて、09年の夏初めてこの祭りへ行ったとき、地元の方たちに案内されて、ちゃぶが今のところへ移転する前のちゃぶだいへ行ったのだった。というわけで、万灯のあとはちゃぶへ、というわけなのだ。いや、ビールが飲みたかっただけ。

カウンターに馴染みさんたちがいて、おしゃべりしながら、けっこう飲んでしまった。よい祭りの夜でした。