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やまだ農園の「やさいはんず」のナスとトマトを買った。

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東北原公園の東側と北側に隣接してあるやまだ農園は、以前は畑の一角に戸板のような台を置いて、畑からとれたての野菜を売っていた。ときどき買っていたのだが、一昨年に、東北原公園の東側の畑のところに、テラスがついた「やさいはんず」という売店をつくり、そのテラスに台を置き、暑い日にはパラソルをたて、とれたての野菜を売るようになった。なかなかデザインも名前もしゃれている。

とれたての野菜は文句なくうまいし、近くに直販の畑があるなんて、すごくうれしいことだから、なるべく利用しようと思っているのだが、毎日売っているとは限らないし、いろいろタイミングが合わないことが少なくない。売る側と買う側の売買機会の合致は、なかなか難しいなあと思ったりしていた。

昨日は、前を通っても売店は閉まっていた。売店の横の畑には、このあいだまで見かけなかった、「レクリエーション農園 やまだ農園」のサインがあった。たぶん人手も足りなくて耕しきれないこともあるのだろう、貸し農園もしているのだ。引っ越してきたころは、濡れても大丈夫の紙のようなものに、パソコンで印刷したらしい文字で、「レクリエーション農園 山田農園」と、やまだ農園が漢字じだった。少しずつリニューアルが進んでいる。

今日の夕方、16時過ぎ、スーパーへ買い物に行くべく、前を通ったら、ジャガイモとナスとトマトを売っていた。それぞれ、小さなプラスチックのかごに盛り、一山100円だった。ナスとトマトを買った。今夜は、これを食べる。

以前に貸し農園を借りて畑をやったことがあるので、またやってみたいが、ちゃんとやらなくてはならないから、毎日ジョギングをするような根性がいるので、決心がつかない。

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最後の写真は、公園の北側のやまだ農園。白い建物はアパートで、一昨年ぐらいに建った。しだいに畑が住宅に変わっていく。公園の西側にもやまだ農園があったのだが、去年から造成工事が始まり、いまでは4軒の家が建っている。

山田農園と「やさいはんず」ができたころのことは、ザ大衆食つまみぐいに書いた。
2011/09/13
畑直販、山田農園の「やさいはんず」。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2011/09/post-780d.html
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世界文化遺産登録の富士山。

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富士山が世界文化遺産ということになった。自然遺産になれなかったのは、ひとえに、地元の富士山への愛情が欠けていて、無残な姿になっていたからだろうか。そして、その文化遺産的価値は、地元以外のところにこそあったのではないか。地元にあっては、富士山は経済であり産業であった。とまではいわないが、富士山の文化的価値を価値たらしめてきたのは、地元以外の人たちの思いを抜きには語れないことを忘れているかのような、地元の欲の皮が突っ張ったバカ騒ぎを見ていると、こんなことを言ってみたくなるわけだ。

文化的な価値となれば、地元以外のところから見る、その遠景こそが、人々のこころに何かを残してきたといえる。江戸はもとより、関東各所の「生活景」として、文化的価値が高く、銭湯の絵や「富士見」という地名をあちこちに残してきた。だから、富士山が世界文化遺産になったということは、富士山の見える暮らしが、文化遺産になったということであり、かりに富士山が自然遺産になれないほど無残な姿になっていても、その遠景は変わらず、それぞれの生活の中に生き続けてきた。

東大宮から見える富士山の生活景も、その一つなのだ。ということを、文化遺産による経済効果ばかりを計算している人たちには、考えがおよばないのだろうなあ。

おれは、一銭も儲からなくても、東大宮からときたま見られる富士山は、この生活景は、まさに文化遺産だと思っている。世界文化遺産に登録されようがされまいが。

1962年に上京してから、生活景としての富士山が見られるところに暮らすのは初めてだと気がついた。おれが上京したころには、すでに都心の大部分の場所からは、その景色はなくなっていた。おれにとっては、ときたま高いビルや郊外を走る電車のなかから見える富士山は幻のように瞬間的なものであり、富士山は「観光景」「行楽景」のなかに存在した。

だけど、そういった東京のコンニチの表層をペッとはがせば、その下には富士山を日常的な生活景として見る、東京だか江戸だか武蔵だかという場所があった。

東京都区内についていえば、ごく最近まで唯一富士山が見える地形として残っていた、西日暮里の富士見坂からの富士山の眺めも、あいだに建つ高層マンションによってさえぎられることになった。これこそ、なんでも経済効果でしか考えられない脳みそによる、文化遺産の破壊だろう。それとおなじ脳みそが、世界文化遺産登録を、文化的な価値ではなく、経済効果でだけ考えるのだ、って、繰り返しシクコク言ってみたりして。

その脳みその裏を返すと、高尚な文芸や美術や音楽や、それらを印刷した本などにしか文化的価値を見ないということになる。かくて、富士山の生活景は失われてきた。

富士山を日常の生活の中の景色として共有していた人びとと、そうではないコンニチの人たちと、たぶん、ほかのものについても「共有」や「共に生きる生活」の感覚がちがうのではないだろうか、それはつまり文化のちがいだろう。と、ここで富士山を見ながら思う。たとえば、いま銭湯につかりながら富士山の絵を見るひとには、共に富士山を見て暮らす場所に生きているという感覚はないだろう。だけど、むかしのひとには、あったにちがいない。

そんなことを考えた、今回の、富士山の世界文化遺産登録騒動だった。


で、冒頭の写真は、東大宮2丁目35−2にあるセイムス東大宮西口店の裏の通りから撮影した。今年の1月28日。ごくたまに、冬以外でも見られることはある。撮影がヘタなので、こんなアンバイだが、肉眼では、もっと鮮明に見えた。

下の写真は、やはり、同じ通りから、09年1月16日の撮影。
さらにその下は、JR東大宮操車場の北端の跨線橋の上から12年1月2日の撮影、おまけに同じ位置から見た操車場の夜景。

ほかにも、富士山が見える場所はあるし、もっとよく見える場所もあるのだが、たまたまデジカメを持っていて撮影できたのは、これだけ。

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どこで飲むか迷い、「じゅん」へ。

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蒸し暑い日が続いている。先週の金曜日から日曜日、毎日、東京へ行って飲んだ。土曜と日曜はハシゴ酒で泥酔帰宅、昨日は、肉体がグータラ状態、疲れ休みという感じだったが、家人が代休で家にいて、夕方になったら飲みに行こうということになった。

どこへ行くか。東大宮は、そんなに大きな町ではないが、そこそこよくて、それぞれ特徴のある飲食店が多いから、けっこう迷う。結果、家人がまだ行ったことがないし、やきとりが食べたいというので、「じゅん」へ行くことにした。ここならば、牛、鶏、豚の串焼が、いろいろ食べられる。ほかのメニューも豊富。

以前は、東口の一番街商店街、県住宅供給公社アパートの1階にあったが、立ち退きの関係もあって、東口駅前広場の一等地に移転した。この場所に、じゅんの前にあった店を思い出そうとするのだが、思い出せない。たしか、やはりやきとりがメインの居酒屋だったような気がする、そこは大宮の東口に移転したらしい。

17時半開店だが18時ごろ入った。

カウンターに座り、まずは生ビール。串焼を食べるつもりで行ったのに、おすすめが「いわしの天ぷら一尾150円」と聞いたとたん、あっソレお願い。2人ともイワシの天ぷらが好きだし、家で揚げるのは面倒だ、文句なく決まり。つぎ、アンコウの刺身とキモ酢があるという。えっ、いまごろアンコウと思ったが、おすすめだというから食べてみることにした。

かくて、串焼は後回しになったのであるが、アンコウの刺身とキモ酢は、格別にうまかった。量も、たっぷり。聞くと、アンコウが脂がのってうまいのは、3月から今頃だという。それはちっとも知らなかった。なんとなく冬のほうが、脂がのっているような気がしていたが。

最初の刺身の写真だが、いつも食い意地が張っているもので、出てきた瞬間ハシがのびて、薬味などをとってから、撮影作業を思い出した。少し盛りが乱れている。

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イワシの天ぷらは期待どおり。のち、酒はホッピーに切り替え、串焼を豚のレバーとバラしそ巻きを2本ずつ、冷やしトマトを追加。ということで、満足。

マミーマートで買い物をして帰り、あとは家でデレデレ飲み。

写真を見て気がついたのだが、「じゅん」の2階の店、これ、なんの店だろう。何度も前を歩いているのに、関係ないと、なかなか気がつかないものだ。

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ちゃぶと太郎ハシゴ飲み、泥酔記憶喪失帰宅。

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昨夜は、本の原稿300枚分の半分を仕上げ、メールで送ったあと、「ちゃぶ」のイタチョーのブログを見たら、「ちゃぶ流角煮」とあって、どうしても食べたくなり、行った。
http://ameblo.jp/4393-1231/entry-11543873566.html

ちゃぶは、以前の「ちゃぶだい」が先月の上旬、同じ東口のすぐ近くに移転開店したときに「ちゃぶ」になったもの。馴染み客たちが「ちゃぶだい」を略して「ちゃぶ」と呼んでいたそのままを店名にしたのだ。

角煮は、つくるのに3日ぐらいだったかな?手間と時間がかかるので、ときどき登場し、売り切れると次の機会まで食えない。コッテリとはちがう、割とアッサリした味が特徴。

カウンターに座って、まずは、角煮と生ビール。ちゃぶは、なんでも量がある、角煮も、そう。つぎに小江戸ビールの漆黒ってのを初めて飲んでみた。イタチョーが、残った角煮の汁にめしを入れて食べるとうまいという。そうだろう、そのはずだ。そのまま残しておいて、あとで仕上げに食べることにした。

清酒を飲むためにとっておいた突き出しと、さらにやまうに豆腐で、清酒を飲む。やまうに豆腐も量が多い、清酒3合は飲めるぐらいある。でも、そんなに飲めない。これに合わせて、辛口の船中八策を、2合飲んだら、かなり酩酊加減になったので、最後は角ハイにした。そして、角煮の残り汁を温めて、めしを入れて、かっこんだ。

左隣の女子は、おれが来る前からいて、煙草をふかしながら黒霧島のボトルを飲んでいたが、明日は仕事で4時半起きだといって帰って行った。7名ほどのカウンターは、馴染みさんたちで埋まっていたが、入れ替わりがあって、おれの右隣に座った中年男子は、初めて会うが話をすると前からの馴染だった。日時があわないと、なかなか顔を合わせることのないひともいる。彼と話しがはずんだ。

彼が西口の「太郎」に入ったことがあるかというから、前から気になっているけど、まだ入ったことがないというと、もう一軒行きましょうってことになり、彼に連れて行ってもらった。彼は、ここでも馴染みなのだ。

瓶ビールを頼んだのは覚えているが、つまみが思い出せない。店の人とも、話がはずんで、大いに楽しかった。

11時の閉店までいたのではないかと思う。帰る途中から記憶がなく、家に着いて、玄関を上がったところで寝ていたらしい。おれより遅く帰ってきた家人に起こされて、ベッドに寝なおしたとのことだが、まったく覚えがなかった。

なにはともあれ、こうして、時間をかけ、地元の飲食店を覚えていくのは、いいものだ。情報誌を見て消費に行くのとは、ちがう蓄積になる。街とは、じっくり付き合えばよいのだ。

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原市「アースカフェ」へライブを聴きに。

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昨夜、ウチから歩いて20数分の原市の「アースカフェ」というところへ行った。知り合いのライブがあるからだ。原市もアースカフェも、初めてだった。第二産業道路の左側歩道を歩いて行くと、やがてモノレールと交差する、その手前にあるはずだった。

親水公園のなかを通って、第二産業道路へ出た。夏しか水を流さない池のような流れで子どもたちが遊んでいた。県営砂団地は、4年前に引っ越してきたころに始まった、建て替えの工事が、ますます盛んに進んでいる。見るたびに中層は姿を消し、新しい高層が、増えている。

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砂団地の先の、ときどき利用していた「ラーメンショップ」は、少し前に「正直もん」というラーメン屋に変わっているが、まだ入ったことがない。その先に、安楽亭があってTUTAYAがあって、道路の反対側には、昔の火の見やぐらがあって、「創業昭和二十九年 中華そば290円」という看板がやたら目立つが店名の記憶が残りにくいラーメン屋があって、ここまでは以前歩いて来て、腹が減ったので中華そばを食べたことがある。

このあたりで店はなくなり、すぐに第二産業道路と16号東大宮バイパスの立体交差になる。そこをこえると原市は近い。

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ライブは、開場が17時半、18時スタートだった。その前に腹ごしらえをしよう、駅があるのだから飲食店の何軒かはあるだろうと思って途中で食べないで行ったのに、とんでもない誤算だった。原市駅まで行っても、何もないのだ。モノレールというのは、普通の鉄道とはちがうのだな。乗降客がしれている。おもちゃに毛の生えたようなもので、駅もそうだ。したがって駅周辺も、普通の駅周辺とはちがうらしい。コンビニもない。

歩いてきた歩道にもどる。一軒「写楽」というラーメン屋があり、ここのチラシが最近家に投げ込まれ、気になっていたからもどってみたのだが、まだ仕度中の看板。その向かいあたりに、うなぎ屋と、「ニューラーメンショップ」があった。「ニューラーメンショップ」なら、ラーメンショップと同じラーメンかと思い、とくに好きというわけじゃないが、選択の余地がない、信号を待って渡り、ネギチャーシューと生ビールで腹ごしらえ。

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17時40分ごろアースカフェに入った。予約なしで行ったけど、たまたま空いていた1人掛けのテーブルを一番前にセットしてもらい特等席。

このライブには、東京カルチャカルチャーでやる古墳トークの相棒であり、ブルースの王女様まりこふんさんのご両親のデュオ「青い風」が出演する。というか、始まってから、このライブを企画したとわかった。

先日の古墳トークには、ご両親が来てくださり、そのあと、ご主人とフェイスブックで友達になり、案内をいただいた。原市なら散歩圏内だからと、顔を出すことにした。そういえば、まりこふんさんは久喜の出身で、ご両親は、いまでも久喜に住んでいて、このあたりは活動範囲なのだ。

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青い風のほかにも、元若者のおじさんたちが中心に、若いころのままギターをかきならし、うたいまくった。一番遠方は仙台から駆けつけた出演者もいて、五組が出演、青い風はラス前。沖縄や北海道の旅の印象や友との交流をうたい、そして、たぶん、まりこふんさんが生まれる前に結成された青い風のテーマをうたいあげた。これが、やたら昔をベタベタ懐かしむ情感をこめるわけでなく、イマのままさらりとうたいあげて、よかった。つまり、若さとかいうのは、わざわざ演出しなくても、永遠なのさ。仕事に就いて長いあいだ活動を休止していたのだけど、退職を期に2年前に再開したのだそうだ。

おれは若いころから音楽に縁がなく、酒しかなかったので、酒で唱和した。会場に着くまえに、ラーメンショップですでに生ビールを飲んでいたけど、さらに生ビール一杯、ウイスキーロック3杯。ロック3杯目を注文したとき、お店のおねえさんが「マジ?」という顔で笑った。

最後は「さばいばるいとう」という、昔のカウンターカルチャー系濃いキャラのジジイと思ったら、俺より8歳も若かったのだが、彼が「クソジジイになりたい」だったか「クソジジイでいたい」だかをうたって、これがカウンター精神健在という感じで、痛快、よかった。

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終わって、外に出ると、やや冷たい空気が、酒と音楽に酔ってコーフンの肉体に、心地よかった。暗く人通りも生き物の気配もない、大型トラックやクルマがガンガン走るだけの第二産業道路沿いを歩き、立体交差の陸橋の上で、「俺はクソジジイだ~」と叫んだりしながら、帰ったきた。絶好調だった。

なんとなく、近隣に、じわじわと人間関係が広がりつつある。

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