カラスの勝手の風景。

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先日、砂の万灯祭りへ行く途中で撮影した。

セイムス東大宮西口店の前の畑は、けっこう広い。うーん、300坪はないか、いや、ありそう。もしかすると、400坪ぐらい?土地とは縁がないから見当がつかない。

4年前に引っ越してきたころは、全面的に耕され作付けされていた。そのあと、わずかな一角がセイムスの駐車場になり、しだいに作付けの面積は小さくなった。いまでは、作付け面積は1割にも満たない。ほかは、耕されてはいるし、草は生えていないが、作付けはされてない。

このあいだから、ときどき、この畑に、一羽のカラスを見る。カラスも人間と同じように、一羽一羽、顔も姿もちがうらしいが、おれには見分けがつかない。なので、やつが、同じ一羽かどうかは、知らない。

ウチの周辺は、カラスのテリトリー争いが、けっこう激しい。住宅が増えているからだろうか。それに、何か時期あるいは季節が関係しているようだ。詳しく調べたり観察したりする気もないので、知らない。

とにかく、同じやつかどうかは知らないが、やつは、この広い畑で、一羽で、一見のんびりしているように見える。もしかしたらテリトリー争いの仲間にも入れず、孤独の悲哀を噛みしめているのか。畑の孤独は、都会の孤独でもあるようだ。しかし、カラスに、そんなセンチメンタルがあるようには、思えない。

広い空を飛べても、けっきょく、地上に、休める巣とエサを求めなくてはならない。やつは、おれと同じ、この土地の住人なのだ。

この空を飛べたなら、と、鳥になりたいと願うひとのうち、カラスになりたいと思うひとは、どれぐらいいるのだろう。少ないのではないか。

カラスは、都会人のような鳥だと思う。都会や街が似合っている。「銀座のカラス」「渋谷のカラス」そういう風に黒く輝く存在だ。東大宮は、カラスが存在感を示す街になってきつつあるのだろう。やつは、その尖兵なのかも知れない。

砂の万灯祭。

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きのうは、朝から、何度か花火の音がしていた。八雲神社の万灯祭なのだ。

夕方、買い物がてら行って見ようかと思ったが、雷の音がしていたので、とりあえずマミーマートで買い物をし、やまだ農園の「やさいはんず」がやっていたからナスを買い、一度家にもどった。

雷は、こちらには来ないで、どこかへ行ったから、18時半すぎ、八雲神社へ行った。2009年の夏以来だ。

東大宮の祭りでは、このあたりが砂村と呼ばれていたらしい江戸後期から続く、最も古い祭りのようだ。一度「都市化」で途絶えていたが、復活したとのこと。もとは、万灯をかついで村内を練り歩いたらしいが、いまは境内に並べるだけになっている。

ま、でも、古い祭りが続いているって、よいことだと思う。なんというか地域のうるおいですね。この場所は、資本や企業が設えたのではなく、人びとによって支えられて続き、ひとが人として集まり過ごすのだから。人びとが積み上げてきた場所の歴史以外、なにもないのだ。そこが、消費の対象となった「公共」や、新しいイベントや祭りとちがう。

新しい家が建ち、新しい住民が増え、どう続いていくかはわからないが、見物が1人でも多ければ、続ける何かになるかと思い行って見る。だけど、とくに、何もなく、そもそも信心がないのがいけないのかも知れないが、ざっと見るだけ。とにかく、身近の小さな祭りを大事にすることは、自分の暮らしと土地とのつながりを確認するうえでも、大切だと思う。

八雲神社は境内が道路で分断されている。広いほうの境内に万灯が並び、狭いほうの観音堂の境内に大欅がある。樹齢数百年、八雲神社の神木ということだ。

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興味が引かれたのは、万灯が並ぶ境内の一角に、子どもたちが遊ぶ人工の小山があって、これは富士講の富士山のようなものだが、登り口の石塔に「御嶽大社」とある。富士信仰ではなく、御嶽信仰のものらしい。いったい木曽の御嶽か、奥多摩の御嶽か、気になった。このあいだ『オオカミの護符』を読んで、関東一円の御嶽山信仰とオオカミ信仰が関東の農業や生活と深い関係にあると知ったので、大いに気になる。

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ざっと見て、やることもないので、東口のちゃぶへ行った。2008年の秋引越してきて、09年の夏初めてこの祭りへ行ったとき、地元の方たちに案内されて、ちゃぶが今のところへ移転する前のちゃぶだいへ行ったのだった。というわけで、万灯のあとはちゃぶへ、というわけなのだ。いや、ビールが飲みたかっただけ。

カウンターに馴染みさんたちがいて、おしゃべりしながら、けっこう飲んでしまった。よい祭りの夜でした。

派手派手、るーぱん。

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先日、都内に住んでいる岩槻出身の知人が、「埼玉の誇りはなんだろう?松岡茉優には深谷ネギではなくて、ファッションセンターしまむらの服です!とか言って欲しかった」とツイッターでつぶやいた。

おれはすかさず「ファッションセンターしまむらの服とホームセンータードイトも埼玉の誇りです。おれの最近のファッションは、しまむらとドイトの服で固めています。ぎょうざの満洲も誇りですね。どれも近所なので、東大宮的埼玉の誇りであります」と返した。大宮のいづみやも、埼玉の誇りだと、ツイートした。

そのとき、ピザとパスタの店「るーぱん」のことを忘れていた。

しまむらもドイトもある第二産業道路沿いには、るーぱん東大宮店もある。その外装だが、4年半前に引っ越してきたころは、こうではなかった。どうだったか、思い出せないが、ま、とくに特徴はなかったのだ。それが、しばらくして、写真のようなアンバイになった。

これは、いったい、るーぱんの意向でこうなったのか、ビルのオーナーの意向なのか、いやいや、このビルのオーナーがるーぱんという可能性もあるのだが、そのへんの事情はわからない。ほかの店舗は、このようなカラーリングではないようだ。とにかく、うまそうには見えないが、少しばかりエキサイティングなカラーではあるし、目立つ。

写真で見ると、そうではあるが、第二産業道路のなかの実際は、写真ほど派手派手には感じない。でも、こういう、チョイとヘンなことをやってくれる景色があるのは、うれしい。カジュアルなイタリアンレストランにありがちなかっこよさなんか気にしてないようで、埼玉っぽくて、いいなあと思っている。

なかはどんな風になっているか、気になったから、いつだったか、平日昼間の食べ放題キャンペーンをやっているとき、2回ばかり続けて入った。さすがになかは、真っ赤ではなく、焦げ茶色の古い木造の感じを出していた。

入ったすぐのところにカウンターがあり、埼玉っぽい土が香るようなおばちゃんが、若い女子が着ればカワイイにちがいない制服を着て、注文を受けていた。食べ放題はピザのほかに、パスタかピラフを選べた。おばちゃんは、おれの選択を聞き、年季の入った安定感のある声で、マイクに向かって注文を通した。

ソフトドリンクも食べ放題に含まれていたが、おれは別に生ビールを頼んで、食べ放題のピザとサラダを食べながら、デレデレとすごした。たいがい2時ごろのことで、いる客は、みなデレデレと過ごしていた。「ゆったり」ということではなく「デレデレ」なのだ。店内の空気全体が「デレッ」としている。これがまた埼玉っぽくて、いいなあと思うのだった。おばちゃんグループも、男子高校生と彼の母親も、デレデレ食べながらおしゃべりをしていた。

近頃は、やはり埼玉の誇りである「山田うどん」が話題になっているが、ここなども、店名からして「デレデレ」している。るーぱんもそうだが、都会的クールなんて、意に介していないようで、楽しい。

この写真を撮ったとき、ちょうど、女子高生が2人、自転車を止めて入るところだった。

るーぱんは、だんこ、埼玉の誇りだ。

街と空と雲と

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いまや、手付かずの自然なんてものは、めったになくて、たいがい人の手が入っている。ところが、空だけは、人の手が届かない。しかし、空気を汚したり、高い建物を建て空を狭くしたりという、干渉はできる。

東大宮は、高い大きな建物がなくて、空が広い。第二産業道路があっても、空気は比較的きれいなほうだろう。夜には、灯かりの影響があっても、2等星ぐらいまでは、なんなく見える。目が慣れれば、もっと見えるはずだ。

空は、どこも同じということはない。空に町の境界はないが、地域的な特徴は、当然ある。それは、地形によって、気象もちがうのだから、雲のでかたがちがって、当然なのだ。

ここに引っ越して4年だが、このあたりは、といっても、東大宮駅周辺なのか、その西側なのか、駅のある高台なのか、見沼田んぼ周辺の低地なのか、明確には判断できないのだが、雷雨のコースからはずれているようだ。雷雨の場合、数百メートルの距離でも、影響が異なることがある。

かなり接近して、さあくるぞと思っていても、そのまま巻き込まれることは少なく、避けるように通りすぎてゆくことが多い。地形も関係するのだろう。とうぜん雲のでかたもちがうはずだが、よく観測したことはない。

とにかく、空と雲は、街の風土や風景の一部であり、それなりに街に特徴をそえていると思う。それを、ただボンヤリ眺めているのが好きだ。

写真は、2010年8月上旬の撮影。JR東大宮操車場の北端の跨線橋、東大宮側は、見沼代用水西縁と、その暗渠の上に親水公園があって、跨線橋を渡ると北区になり、県立大宮工業高校がある。この跨線橋は、クルマは通れないから、のんびりできる。

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創業天保元年という「巴屋」で天丼もりそばセットの昼食。

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きのうの昼すぎ。6月中に書き上げる予定の本の原稿300枚が、4コーナーから最後の直線に入れず苦戦、疲れ果てつつあった。これは、何かガツンとくるものを食べたいと思い、天丼をイメージした。天丼となると、蕎麦屋になる。

ウチの近くには、何度か入ったことがある、巴屋がある。ほかに、駅西口広場の「やぶそば」、駅東口の「志かわ」と「山茂登」が、これまで入ったことがある蕎麦屋。

「志かわ」のもりそばとかき揚げ丼のセットがよいかなと思ったが、あまりに疲れていて、駅まで行く根性すらわかない。それに、巴屋の天丼もりそばセットは、1000円だけど、けっこうガッチリ食える。よしっ、これで、体力と気力を注入しよう、と向かった。

途中、先日アップしたやまだ農園のところを通る。売店はやっていなかった。畑のトマトは、まだ青いのが多い。支柱をたて、鳥除けの網を覆い、無事の収穫までは大変だ。けっこう手間もコストもかかっている模様だ。でも、うまそうに実っている。

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巴屋では予定通り、Aセットの天丼もりそば、それに急にビールが飲みたくなり、中瓶1本を注文した。13時半すぎに入ったと思うが、入ったときにいた2組の客が帰ったあと、もうおれで終わりかと思っていたのに、つぎつぎ4組ほどの客が入った。どこかの事務の制服を着た、中年の女性が1人で来て、大もりを頼んだ。ここの大もりは、量が多い。その女性は、小柄でやせていた。おれが勘定して出て行くとき、その大もりを女性が食べているところだった。たくましく見えた。

それはそうと、巴屋の看板には、「開業天保元年」とある。1830年のことではないか。まさか、この場所で開業ということではないと思うし、もしかしたら暖簾のことかと思うが、聞いてみなくてはわからない。

それで、天丼もりそばセットの効用はあったかというと、ま、少しはあったようだ。まったく、原稿を書くのは力仕事だ。

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