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東大宮に引っ越して10年。

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10年前の10月、いまの東大宮の家に引っ越してきた。

その1か月前ほどの9月に、いわゆる「リーマンショック」があった。イヤな感じだった。

しかし、この10年間のうちに、東大宮には、どんどん住宅の戸建てやマンションが建った。

ウチから駅へ向かう通りの、すぐそばの駐車場には3戸が建ち、その向こうの駐車場にも3戸、そのまた向こうの駐車場にも3戸、その隣の畑だったところに4戸、その隣の大きな屋敷だったところには10戸、というぐあいに、駐車場や空き地や畑は、どんどん住宅になった。

若い家族が増えた、子供たちも増えた。「少子高齢化」がウソみたいだ。

と、こうなってみると、よく住みたい町として話題になる、たとえば吉祥寺のようなオシャレな買い物に便利とかではなく、年寄りから子供たちまでがいる町、日常の何気ない景色の中に、いつも子供たちがいる町ってのはいいなと思う。

おれがスーパーで買い物しての帰り、小学生たちとすれちがうと、「こんにちは~」と声をかけられる。おれも「こんにちは」とかえす。ああいいなあと思う。

引っ越してきたときから、人が住んでいるかどうかわからない、大きな欅に囲まれた屋敷があった。よく見ると林の中に、古い納屋のような建物と比較的新しい、いい材質に見える外壁の建物があった。だから、人が住んでいるのだろうと思っていたのだが、よくわからない。しだいに蔦が全体を覆い、これはもう誰も住んでいないんだなと思われた。門のあたりも荒れ放題になった。

このあたりでは、ここしかない、巨大な欅の林だ。見た目、樹齢100年以上の欅が数本はあった。上のほうには、カラスが巣をつくっていた。

そこが、この秋、更地になった。林もその中にあった建物も姿を消し、林の向こうにあった住宅が露わになった。それは、チョイと寂しいできごとだった。

ここにまた、家が建ち、新しい人たちが移ってくることだろう。

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道を尋ねられた。

親水公園

写真の親水公園の横の道を歩いていたら、ご老人に呼び止められた。

こちらも後期高齢者にされたばかりだが、ご老人は80歳はこえているように見えた。おれより背が低く、160センチには届かないだろう小柄で、茶色のソフト帽に茶色の上着を着て、たしかズボンも茶系だった。

「本郷町はどっちですか」と言う。

「はあ」

「本郷町なんですが」

わからない本郷町、どこのことだ。

もしかして。おれはご老人の顔をのぞきこんだ。

ときどき防災無線のスピーカーから「尋ね人」だか「迷い人」だかの放送が流れる。たいがい老人だ。

もしかしたら、このご老人は…と、思ったのだ。

おれは、少し不審を顔にあらわしたかもしれない。

すると「北区です、北区はどっちですか」と、ご老人が言った。声も言葉もしっかりしていた。

ああ、北区か、そういえば本郷町という町名があったような気がするな。

「北区なら、あの橋を渡った向こうです。向こうはもう北区ですよ」

東大宮操車場の上にかかる、歩行者と自転車とバイクしか通れない跨線橋を指でさした。

「ああ、あの向こう側は北区になるんですか」

ご老人は念を押すと、礼を言って歩き出した。

見送っていると、スタスタスタ、けっこう早い若い足取りで、跨線橋のゆるい坂を登って行った。

あとで地図を見たら、その跨線橋を渡ったとこは本郷町だった。

隣接する町だが、間に広い操車場もあるからか、「隣」のことは気にしたことがない。

ときどき跨線橋を渡ってあちらへ散歩に行くこともあるが、そこが「本郷町」だとは知らなかった。

日頃よく利用する東大宮駅の方角しか覚えていないのだ。認識なんて、そんなものだし、チョイと言葉をかわすだけで、それが変わったりするのだな。