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薫風のなか市民の森へ その1

 あたたかい冬の終わりのあと寒い春が続いて、トツゼン夏のような陽ざしが照りつけた。
 「最近は春と秋がない」と女が言った。
 男は、「そういえば、そうかな」と言った。
 陽ざしは夏のようだけど、ひんやりした風が吹いて、青葉の香りを運んでいた。「薫風」という言葉がピッタリな感じだが、辞書によれば、「南風」「温和な風」「かんばしい風」といった意味があるようだから、この日の、ややひんやりした風は、薫風ど真ん中ではないかも知れない。しかし、「かんばしい風」ではあった。
 ひんやりした風に、強い陽ざしで、肌はどう反応したらよいのか戸惑う、複雑な気象だった。
 半袖で、じっとしていると長袖をはおりたくなるが、動くとそれが邪魔になる。

 女が散歩に行こうと言うので、そうすることになった。
 どこへ行こうか。
 「見沼代用水に沿って蓮田方面か、見沼たんぼと市民の森か、それとも」と言って、男は黙った。駅の東側の氷川神社あたり、一人で一度歩いているが、通りすがりだったから、また行ってみたい。そのことを言おうと思ったが、あのあたりは住宅街だから、いま女が行きたがっている散歩と違うような気がして、黙った。
 女は、いつものように、はっきりとした意志を口にしないで、なんとなく蓮田まで歩く気はしない口ぶりと態度を漂わせた。

 どこへ行くか決まらないうちに玄関を出てから、決めなくては進めないのであり、とくに目的があるわけではないが、ふにゃふにゃしたとりとめのない会話の結果、見沼田んぼを通って、市民の森へ行くことになった。
 東大宮は、見沼田んぼの北限域になる。その一部、宇都宮線の西北側の大部分は、栄東中高や、JRの操車場などに姿を変えている。
 二人は、家から、その真ん中を流れる芝川の下流域に向かい、宇都宮線の踏み切りを東側へ渡り、線路沿いに南へ向かった。
 つまり登呂へ向かうと、建物はないし、田んぼはないが、畑と一部雑草の生える不耕作地と化した見沼田んぼが広がる。

 二人とも、見沼たんぼのなかと市民の森は何度か歩いている。今回は、男の意志により、これまで舗装の一般道だから敬遠していた、見沼たんぼの南側の道を行くことにした。
 芝川にかかる小さな橋を渡る。「渡る」という実感のない小さな橋だが、たしか「砂橋」という名前がついている。詳しくは知らないが、地名が「東大宮」に変わる前、このあたりは「砂」あるいは「砂村」だったはずだ。となると、たぶん、このどうってことない小さな橋の歴史は、かなり古いのかも知れない。

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 芝川の両岸は、シーズンになると菜の花で埋まるのだが、その残骸が残っていた。
 それでも、女がうれしそうに、「菜の花、菜の花」と言った。花には割と反応が早い。
 東大宮も、とくに特徴のある町ではないが、このあたりの景色もそうだ。田んぼでもない、緑地でもない、畑でもない、何か一つの目的に絞られていない、とりとめのなさが、魅力といえば魅力なのだ。
 ヌーボーとした景色とでもいうか、見ているほうもヌーボーとなる。
 まさに、とりとめない景色を見ながら、とりとめのない歩行だ。
 ヌーボーと歩く。
 鋭い観察など、必要なし。もとからゆるい脳みそが、さらにゆるむ歩行。

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 見沼たんぼの南端で、左にまがる。右側は、桜並木が、さいたま市立登呂中学校の広い敷地に沿ってある。広いグラウンド、校舎は、ところどころに緑の屋根を配した、そこはかとなくバブル時代を感じさせるデザイン。調べると、平成8年(1996)の開校だから、まだバブリーな気分が残っていた時代だ。
 とはいえ、これぐらいはバブリーというより、普通であるべきかも知れない。
 なにしろ、公立の小学校や中学校といったら、デザインといえるほどのものはない、ただの箱といった感じで、子どもたちが可愛そうなぐらい、ちっとも「愛」や「夢」などない。校舎を囲む、網の塀なども工事現場と同じようなものであることが多い。それでは、まるで家畜飼育場のようなものだ。そこへいくと、土呂中学校はマシだろう。

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 歩きながらの二人の会話も、とりとめのないものだった。「あ~」とか「う~」とかの類である。
 一般道路だが、クルマの通りは、ほとんどない。右側の土呂中の敷地が終わると、隣接するJAさいたま大宮緑花木センターになった。大きな敷地大きな木や小さな木、畑は花や花木なのだろうか。よくわからない。
 とくに美しく整理しようという意志がある景色ではない。やはり、とりとめないのだ。
そこを過ぎると、クルマが多い通りに出る。道路を渡ると、市民の森だ。高い木に囲まれている。
 この市民の森の向かって左側、東端を芝川が流れ、西端を見沼代用水が流れている。
 クルマの通りから入る、芝川の土手に沿って歩行とサイクリングの遊歩道があったはずで、たしかにあったのだが、「自転車および歩行者専用道路」の標識はあっても、とても入れそうにない、藪と化していた。以前は、もっときれいになっていたはずだが。
 二人は、そこでも、「あ~」とか「う~」とか言うだけだった。

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 男が、西端の見沼代用水側を見たことがないというので、二人は通りを、そちらへ向かった。
 左側は、市民の森の高い木が続いている。木の間から、そこにある市民農園が見える。貸し農園らしい。耕運機の使い方のような講習をしていたこともあった。
 西端の見沼代用水に着いて見ると、ただコンクリートに囲まれた用水の中を、タップリの水が勢いよく流れているだけだった。用水だから当然といえば当然だが、男は、もっと別の、情緒ある遊歩道のようなものを期待していた。
 「なんだ。これじゃ、散歩にならないな、市民の森に行こう」と男は言い、二人は、回れ右して、来た歩道をもどった。右側に市民の森の高い木を、左側にJAさいたま大宮緑花木センターのとりとめのない緑を見ながら、市民の森の入口に向かった。

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今日は、ここまで。次回の市民の森へ続く。
最後の画像は、市民の森入口から、緑花木センターの方を見たところ。
今日は、初めて、このブログの申し込みから設定や作成をしたので、くたびれた。
まだ、ほとんど使い方がわかっていない。なんとか続くか?
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